Profile&Story

Artist Statement

RAURAが音を奏でる手法は瞑想。
1音1音を奏でること自体に、喜びを見出す。
美しく清らかで優美なこの演奏は、人々の内面の美しさを表現し、空間にその世界を生み出す。
アジアの美学が含まれるRAURAの演奏では、消えゆく音の美しさ、音と音の合間の空白の時間をも、
「美」アートと捉えられている。

RAURA Profile

幼少期より絵や書道を習い、表現・創作活動で才能を発揮する。大学では経営心理学を専攻し、20代はヨガ、瞑想、ホリスティックビューティなどを探求。2002年、台湾のスパでシンギングボウルなどを活用したサウンドセラピーに出会う。

日本でクリスタルボウルの演奏活動をスタート、ロレアル、資生堂、BMW、アウディなどの企業やフランス大使館のイベント等で演奏するほか、CD3枚をリリースするなど、演奏家として活動する。

2011年、米国のクリスタルトーンズ社に招かれ、アメリカに拠点を移す。同社所有のクリスタルレゾナンス研究所と共同で、クリスタルボウルの演奏法や録音手法などを開発する一方で、CD3枚を制作。2013年、米国を離れヨーロッパへ。スイス、ドイツと活動した後、2014年にパリにアトリエを構える。世界初のクリスタルボウルの教育研究機関『Crystal Resonance Institute』設立。教会でのコンサートをはじめ、劇場やアートギャラリーでの公演でも聴衆を魅了する。ヨーロッパを中心にアメリカ、日本などワールドワイドに活動している。2014年よりParis在住。

Year 2006, as if guided by the beautiful sound of the Crystal Bowl, Raura began performing and composing music. The pure sound that comes out of her refined sensibility, captured the hearts of many people. Raura has appeared at opening ceremonies, product-launch parties, and numerous other events held by such distinguished brands as L’Oréal, BMW, De Beers, and Audi. She is active worldwide, already well-received in America and Europe. In 2014, she moved to Paris, France.

RAURA’s Story

幼少のころのRAURA クリスタルボウルとの出会い

幼いころから絵を描くことが好きで、絵画教室に通っていたRAURA。
RAURAとシンギングボウルとの初めての出会いは、2002年のこと。
当時訪れていた台湾のスパで、セラピーのひとつとして使用されていたシンギングボウルとの出会いが、すべての始まりです。

当時、カラーセラピーや心理学、伝統的健康維持の手法やヨガ、瞑想、ホリスティックビューティーなどの学びを深めていたRAURAにとって、クリスタルボウルとの出会いは、まさに運命の導きといえるものでした。

もともと演奏家を志していたというより、スパやカラーセラピー、心地よい空間を愛し、「心が満たされること」、「人が幸せになるということ」を学問として研究していたRAURA。そこに、クリスタルボウルという未知の音が舞い込んできたことによって、RAURAの人生は、その神秘の音色とともに彩りを増していったのです。

「わたしには、クリスタルの音が見えているの。クリスタルの音色と出会ったことで、わたしのキャンバスは、白いキャンパスから空間へと変化していきました。」と、RAURAはいいます。

空想の世界が彩られていくことに喜びを見出し、幼いころから絵を描くことが好きだったRAURAにとって、クリスタルの音色は無限の色と想像の世界を与えてくれるものでした。

クリスタルボウルのパイオニアとして

クリスタルボウル奏者となったRAURAは、日本で3枚のアルバムをリリース。
その後アメリカに拠点を移し、現地の楽器メーカー クリスタルトーンズ所有のクリスタルレゾナンス研究所と、クリスタルボウルの音の共同研究を始めます。
クリスタルボウル専門のエンジニア達とともに、その可能性の模索、演奏手法やレコーディング技術の開発に尽力し、新たに3枚のアルバムを製作。
同時に、体系化された世界基準のクリスタルボウル教育カリキュラムについても、この頃から準備を進めてきました。

RAURAはクリスタルボウル教育カリキュラムを体系化し、Crystal Resonance Instituteを通じて提供する役割も果たしています。

世界初のクリスタルボウルの教育研究機関『Crystal Resonance Institute』について知りたい方へ

RAURAはアメリカ生活を振り返り、「演奏を研究するためのスタジオとエンジニア、住む場所も、提供されクリスタルボウルの演奏だけに集中できる最高の環境。
クリスタルボウルのことだけを考え、クリスタルボウルのことしか話さず、クリスタルボウル一色の生活だった」と語ります。クリスタルボウル一色の生活が2年目を過ぎた頃、RAURAは「ここでできることは、やりきった」という思いを抱くようになります。
「このままでは、クリスタルボウルに吸い込まれるのではないかという感覚に陥った」とも。クリスタルボウルに魂を捧げるかのような日々を送ったことのある、RAURAならではの感覚でしょう。2013年、RAURAは、アメリカでの恵まれた環境に自ら別れを告げ、楽器を抱えてヨーロッパへ向かいます。

アメリカでの日々、そしてヨーロッパへ

ヨーロッパに活動の場を拡げてからもスイス、ドイツと拠点を移しながら、現地レーベルのアルバム参加、ファッションブランドとのコラボレーション、ニューヨークでの舞台出演など、幅広い分野で活動を続け2014年よりパリを拠点とします。

そんな、RAURAがアトリエを構えたのは、パリ・セーヌ川のほとり。クリスタルボウル奏者としてアルバム制作や教会や劇場でのコンサート公演。フランスを中心に数多くのアーティストとの共同プロジェクトに携わるかたわら、アメリカでの研究を元に、世界初のクリスタルボウルの教育研究機関『Crystal Resonance Institute』も設立します。

RAURAがパリを選んだのは「この国だったら、ありのままの自分として純粋に生き、生粋な音楽を創り出せるかもしれないという希望を感じた」から。
RAURAはそんな希望を【Lumière de Paris】と名づけ、自身の講演タイトルにもします。(2018年までに13回公演)

アーティストを尊重するパリの文化に守られたRAURAは、何にも邪魔されず、誰に遠慮することもなく、自由にクリスタルボウルに向き合い、音を探し求め、Parisの美しい街並みの中で「RAURAの音」を作り上げています。

RAURAの音楽は、RAURA自身が今の時代を生きること、世界を旅することで心に見えてくる、浮かんでくる景色が、表現された心象風景。
そこに、RAURA自身がアメリカで活動していた時に楽器メーカーと開発した「技術」と、フランスで育んできた「感性」、日本で生まれ育ったことで自然に身につけてきた「個性」 が融合された完全なオリジナルである。RAURAの音楽に心揺さぶられるのは、RAURAのメッセージの何かに、あなたの心が共鳴しているからかもしれません。